多発性硬化症は、若年成人に最も多く見られる慢性の炎症性脱髄性神経疾患であり、厚生労働省の指定難病に含まれております。診断時の平均年齢は32歳と比較的若く、全世界で毎年6万人以上が新たに診断され、現在は約290万人の患者が存在しております。
注:MS Fact Sheet, MS International federation
(https://atlasofms.org/map/united-states-of-america/epidemiology/number-of-people-with-ms 閲覧日 2025年9月9日)
本疾患では、免疫反応による炎症により神経細胞の軸索を覆うミエリンが損傷(脱髄)し、その結果、神経信号の伝達が遅延または途絶します。そのため、感覚障害、視覚障害、運動麻痺など多様な神経症状が現れ、患者は四肢の不自由を抱え、車椅子での生活を余儀なくされることも少なくありません。
患者の約85%は再発寛解型で発症し、再発期と寛解期を繰り返しながら進行し、10~15年かけて2次性進行型へ移行します。MRI所見(MRIで測定される炎症性病変)は疾患の初期から見られ、MRI所見が生じる際は血液脳関門の機能破綻により末梢の免疫細胞(T細胞・B細胞)が脳内へ侵入し、脱髄と不可逆的な組織損傷を引き起こします。
2次性進行型に移行すると、MRI所見の頻度は減少し、MRI所見がない間は末梢免疫細胞の浸潤は見られなくなるものの、脳内では「くすぶり炎症(smoldering inflammation)」が持続し、病状が進行します。この段階では、抹消のT細胞やB細胞を標的とする既存薬の効果は乏しく、再発を伴わない2次性進行型に対する治療選択肢は依然として限られているのが現状です。
2次性進行型で中心的な病態とされる「くすぶり炎症(smoldering inflammation)」は、脳内に常在する免疫細胞であるミクログリアが引き起こすと考えられております。そのため、この病態に対処するには、従来のように末梢免疫細胞を標的とするのではなく、薬剤が脳内に移行してミクログリアの活性を直接抑制する治療アプローチが求められます。
近年、このアプローチに基づき開発された代表例が、中枢移行性の高いBTK阻害剤 トレブルチニブです。同薬は再発を伴わない2次性進行型多発性硬化症において有効性を示しており、2025年中に同適応で初の米国FDA承認が得られると見込まれております。
一方で、ミクログリアの活性化にはLAT1が必須アミノ酸輸送を介して関与することが知られております。この知見を踏まえると、中枢移行性を有するLAT1阻害剤によりミクログリアを標的とし、その活性を抑制することで、2次性進行型多発性硬化症に対する新たな治療法となる可能性が示唆されます。
当社が開発を進めるJPH034(再発を伴わない2次性進行型多発性硬化症を対象)は、競争が極めて厳しく評価水準も高いことで知られる米国 National Multiple Sclerosis Society(NMSS)のFast Forward Research Grantに選出され、60万米ドルの助成金を獲得しました。さらに、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の創薬ベンチャーエコシステムにも採択され、IPOまで利用可能な最大20億円規模の助成金を確保しております。
知財面では、当社は米国Georgetown大学が保有するLAT1阻害剤の中枢性炎症性疾患(多発性硬化症を含む)に関する用途特許の独占的通常実施権をグローバルに取得し、開発・商業化における独占的な地位の強化を目指しております。
研究開発面では、米国Georgetown大学によるマウスモデル試験により、LAT1阻害剤による臨床スコアの改善、免疫調整・神経保護作用、視覚誘発電位(VEP)遅延の改善などを確認しました。また、Turku PET Centreとの委託臨床研究を進めており、中枢神経系の炎症要因の一つであるミクログリアの活性化とLAT1の発現が脱髄病巣レベルで共存することを確認しました。